とずけんどっとこむ

更新日 2011-09-24

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とずけんどっとこむ都図研のマーク-2(白).png〜Tozuken.com〜

東京都図画工作研究会公式WebSite

「オリーブの木&「野々目展」シンボルマーク」・・・2010/4/30(金)

image002-2.jpg○ゴールデンウィークに突入しました。ニュースでは、たくさんの人が「消費活動」に出向いているようです。ぼくは午前2時に起きてしまい、調べ物など…なんやかんやで朝になり、二度寝で昼まで寝てしまいました。ぼくのような「ひきこもり」は、消費にでかけないので、景気に好影響をもたらさない役立たない人間かもしれません。(笑い)
そんなぼくでも先日「オリーブの木」を買いました。オリーブといってもいろいろで、イタリア産やスペイン産などあって、葉の形などもけっこうちがうのでした。イスラエル産のバルネラという品種を買いましたが、育つかな?
ウィキペディアによると

「オリーブの枝は、ハトとともに平和の象徴とされることが多い。これは『旧約聖書』の「神が起こした大洪水のあと、陸地を探すためにノアの放ったハトがオリーブの枝をくわえて帰ってきた。これを見たノアは、洪水が引き始めたことを知った。」との一節に基づいている。国際連合旗や、幾つかの国の国旗や国章にも使われている。イタリアの政党連合にも「オリーブの木」というのがあった。」

そうである。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%96)
ぼくとしてはオリーブと聞いては…あの高貴な詩人、評論家の「瀧口修造」さんの「オリーブの木の下の写真」(確か、撮影は高梨豊さん?)を思い出してなごんでしまうのであった…やはり休日ですね。
image005.jpgimage006.jpg
○穴澤編集長から【ののめProject通信】が届いた。展覧会のシンボルができたそうだ。「中央の渦巻きは、「の」がふたつ、それが「目」になっており、全体として児童画に頻出する太陽を表わしています」とのこと。螺旋でめまいがする感じですね。

「浅利 篤「日本児童画研究会」美術手帖、1965年、7月増刊号」・・・2010/4/29(木)

○これまで、BTを資料に、戦後の主だった民間教育運動、「創造美育協会」(滝本正男)、「新しい絵の会」(箕田源二郎)、「造形教育センター」(熊本高工)、「日本教育版画協会」(大田耕士)の文章を掲載してきました。さらに、こうした運動とは、また異なった運動も起こっています。「児童画」を、子どもの心理の投影とみなし、子どもの心の状態をみていこうとするものです。浅利篤さんの「日本児童画研究会」(http://jidoga.hp.infoseek.co.jp/index.html)がそれです。
浅利さんは、児童画の記号的なコードを「色彩標識」「構図標識」「形態標識」と定め、それらのコードを手がかりに児童画の背後にある子どもの心理を推察、診断していきます。
こうした児童画の見方は、「紫色は疾病障害を意味しており、画面上の紫の形や位置から本人の疾病障害を診断できる」ということばから推察できますし、また、当時上映された映画『黄色いからす』(監督:五所平之助、1957、松竹)のなかでも取り上げられたようです(すみません!まだこの映画をぼくはみたことがないので…あらすじを調べました)

◆黄色いカラスのあらすじ
吉田一郎が十五年ぶり中国から戻った時、妻マチ子は鎌倉彫の手内職で息子清と細々暮していた。博古堂の女経営者松本雪子は隣家のよしみ以上に何かと好意を示していたが、雪子の養女春子と清は大の仲良し。一郎は以前の勤務先南陽商事に戻り、かつて後輩だった課長秋月の下で、戦前とまるで変った仕事内容を覚えようと必死。清は甘えたくも取りつくしまがない。一年は過ぎ、吉田家には赤ん坊が生れ光子と名付けられたが、清は一郎の愛情が移ったのに不満。小動物小昆虫の飼育で僅かにウップンを晴らすが、一郎にそれ迄叱られる。ある日、清らは上級生と喧嘩の現場を担任の靖子先生にみつかる。その晩、会社の不満を酒でまざらして一郎が戻った処に、喧嘩仲間の子のお婆さんが孫が怪我したと文句をつけてきた。身に覚えのない清は、一郎に防空壕へ閉め込まれてしまう。翌日は清と雪子、春子三人のピクニックの日。猟銃で負傷したカラスの子を幼い二人は自分らの動物園に入れようと約束した。留守中、吉田家を訪れた靖子は、清の絵に子供の煩悶と不幸が現われていると語り、マチ子は胸をつかれる。その夜は機嫌のいい一郎、清も凧上げ大会に出す大凧をねだるが、カラスのことは話せなかった。次の日靖子先生が近く辞めると聞いた清は落胆。加えて或る日留守番中、上級生の悪童らにからかわれて喧嘩となり、赤ん坊の光子までカスリ傷を負った。マチ子の驚き、一郎の怒り、揚句の果て可愛いカラスまで放り出され凧の約束も無駄、清は「お父さんのうそつき、死んじまえ」と書いた紙片を残し、靖子先生に貰ったオルゴールを抱いて家出。林の中や海辺をアテもなくさまよう。何かを求めるような清の疲れた足どり。マチ子、雪子らの捜索の末、清は松本家の物置小屋に居るのが判ったが雪子の家の子にしてと訴える清にマチ子は飜然と自らの誤ちを悟る。彼女は夫に戦争の傷痕から来た家庭の危機を涙と共に訴えた。雪子に送られて清が戻って来た時、一郎も始めて清を力強く抱きしめる。明ければ元旦。靖子先生に送る、と清の描く画も今は明るい色調。凧上げに急ぐ一郎と清の足どりも、軽くはずんでいた。初空に清のトンビ凧も高く上って行った。(http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD25189/story.htmlより)


「創美」や「新しい絵の会」が、「絵をかかせる方法について」提唱したとすれば、浅利さん自身は、「絵の意味」について研究したものだと述べています。が、野々目圭三先生(またその弟子である鈴石先生)の絵の「読み」などは、かなり心理的なものを含んだものであると思います。
ぼくの個人的な考えとしては、このように実体論的に子どもをみるのは、存在が、過去に呪縛されてしまうような感じがしてあまり好きではないのですが…現在のように「教育」が、機能主義的に「能力を植え付けるものである」というような傾向にあるときには、子どもそのものに立ち返っていく視点を提供しているようにもみえます。

※浅利篤さんの「日本児童画研究会」はこちらからダウンロードできます。
LinkIconここをクリック!

「都認定研修団体と都研究推進団体&穴澤編集長のきめの細かい仕事ぶり、さすが!」・・・2010/4/28(水)

image003-1.jpg「現在、野々目先生の展覧会を計画中であるが、実施計画案や記録がファイリングされて届いた。OH~という感じです。都図研でも穴澤さんを雇いたいくらいですね」○東京都の進める「研究普及事業A(認定研修団体)」と「研究普及事業B(研究推進団体)」の説明会が、都研修センターであった。鈴木義治顧問校長と本間理事長とで出向いた。説明を聞くと、運営していくためには、かなり煩雑な手続きが必要であった。Aの「認定研修」に関しては、研修局の研修ⅠとⅡをこれにあて、認定研修とする計画である。申請日が間近なので、内容を研修局に計画してもらわなくてはならない。これは、研修センターのホームページで申し込むもので、学校を出にくい方は、これに申し込むといいと思う。またこれとは別に、従来の派遣依頼も出る。
また、Bの「研究推進団体」は、「新学習指導要領実施に伴う指導改善」を大テーマに研究を行う。予算措置がなされ「報告書」を作成する。委員長を玉置副会長がおこないこれに関係の諸氏が委員となって実施していく計画である。こちらも申請が迫っている。
これらは、図画工作科(都図研)が、公的な性格の研究団体として認知されるためには現在の状況の中で、避けて通れない事業であると考えている。関係の先生方よろしくお願いいたします。

○穴澤編集長!「ありがと~~~~~う」。ファイル届きました。さすが民間の方は、キメが細かいです。いや、個人の資質かもしれません?

「季節」・・・2010/4/27(火)

○菅原さんもめでたく「ルンルン旅行」から帰ってきたようですね。(笑い)

○調子に乗って昨日の続き、もう一句!

やまぶきの黄金(こがね)が揺れて稚児となり

「人は年老いて、再び稚児になっていく」ということばがありますが、山吹が咲き乱れる黄金のような季節が何度も巡回するうちに人も年をとって、幼児のようになっていく、ということを思い浮かべたのですが…いいか、悪いかは、全くわかりませんね。(笑い)

○今日は、都の「認定研修団体」と「研究推進団体」の説明会が、都研修センターであります。

「山吹の花」・・・2010/4/26(月)

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○やまぶきの黄色いドレス老婆ゆく

○老婆にも花道ひらく春うらら

○幾とせもまた蘇る春うれし

○やまぶきに逢瀬を想う老婆かな


「モロッコ風タジン料理&風の音」・・・2010/4/25(日)

image003.jpg○案の定、ぼくは、土曜日はごろごろしてしまった。HP担当の菅原さんみたいに「ルンルン旅行」に行く元気がない(笑い)。夕方、夕めしを娘がつくることになった。モロッコ旅行のお土産に「タジン鍋」を希望したが、鍋がない。鍋を高円寺に買いに行き、探した末にやっと手に入れて帰宅した。けれども、スパイスがそろっていない。…たまたま買ってあった「かぼちゃのサブジ」(インド料理)という料理のスパイスセットを転用してつくっていた。自己流「インド風タジン料理」の出来image004.jpg「タジン鍋を買って、蒸して食べる。癖もなくおいしい。日本人向きかも」上がり。ほのかな風味でおいしい。…ぼくがつくったわけだはないが。(ビールにはばっちりです。たぶん…ぼくは下戸なので)本当は、「レモンの塩漬け」をいれてつくると、かなりおいしいモロッコのタジン鍋となるらしい。「レモンの塩漬け」って食べたことないですね。

【具材】
チキン、ジャガイモ、きゅうり、ニンジン、トマト、オリーブ
【スパイス】
フェンネル、赤唐辛子、フェヌグリーク、ベイリーフ(ローリエ)、チリ、塩、砂糖、クミン(粉)

○さて今日は、インドのラジャスターン州の音楽師の素朴な唄を聞きながらのお別れです。ラジャスターンってどこですかね。この手で動かして風を吹き込む楽器(ハーモニウム―オルガン?)はいいですね。風の音がします。

http://www.youtube.com/watch?v=KisOsqYEHRg&feature=related

「歓送迎会&大田耕士「日本教育版画協会」美術手帖、1965年7月増刊号」・・・2010/4/24(土)

○昨日は「歓送迎会」でした。全国のいろいろな学校でも行われていたと思います。「一期一会」という言葉がありますが、人と人との出会いは、偶然の産物でもあります。ぼくは、30回目の歓送迎会でしたが、歓送迎会を最後に、その後お会いしていない人の方が多いと思います。いつでも会えるなどと思っていても…もう二度と会わない方のほうが、多いのです。すべての出会いは面影となって、こころのなかに沈みこんでいくのです。

○このところ1965年の「BT」に記載されている戦後の主だった民間教育運動、「創造美育協会」(滝本正男)「新しい絵の会」(箕田源二郎)「造形教育センター」(熊本高工)を掲載してきましたが、今日は、「版画」の運動に関して、大田耕士さんの「日本教育版画協会」の文章を掲載します。こうしてみると、版画が、教育に取り入れられたのは、戦後であることが理解できます。「写す(うつす)」という活動は、人間の原初的な活動であり、それを意図的に組織化したのが、教育的な版画というわけです。
これで、創造主義・生活(認識主義)・デザイン(機能、工作)・版表現とほぼ今日の図工教育の原型がでそろいます。こうしてみると「造形遊び」の出現は、それ以降とそれ以前というような流れの大きなランドマークであることが理解できますね。

※大田耕士さんの「日本教育版画協会」はこちらからダウンロードし、印刷できます。
LinkIconここをクリック!

○さて、今日は、全国の歓送迎会を終えて、少し寝不足の皆さんと、フランスのジャズピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニの『Michel & Tony Petrucciani - Some Day My Prince Will Come』を聞きながらのお別れです。

http://www.youtube.com/watch?v=FqDEOuVG0Ew&feature=related

「都図研ロゴマーク・全造福島大会、関ブロ静岡大会教材展示」・・・2010/4/23(金)

image006.jpgノーマルバージョンimage005.jpg白バージョンimage004.jpg黒バージョン

○都図研のロゴマークは、ちょっと歪んでいたらしく菅原先生が正確にデザインし直してくれた。菅原先生は、多摩美のグラフィックデザイン出身なので、こうした仕事にはめっほう強い。ところで、もともとは誰がいつ頃、つくったのでしょうね?今度、調べておきましょう。
P1010825.JPG御存知(?)都図研旗。これをスキャンしました。
○昨日は、落合第六小学校で、「全造連福島大会」「関ブロ静岡大会」「都図研大会」関係の教材展示の会議があった。雨の中、遠方よりお集まりいただいた。福島、静岡からも毛利先生、穴澤先生、渋谷先生、大石先生、宮田先生の皆さんにおいでいただいた。ありがとうございました。全造連福島大会は8月5日6日。関ブロ静岡大会は、8月9日10日に開催される。皆さんのぜひご参加を。

○さて今日は、ピアノシリーズ第3段、キース・ジャレットのソロを聞きながらのお別れです。久しぶりのキースのピアノなかなか軽快でいいですね。全国の皆さん、もうすぐ、連休です。がんばりましょう!

http://www.youtube.com/watch?v=HPqK1JJOFxw&feature=related

「ぐんぐん&日にちがバッティングすることが多い&都図研研究ゼミアンケート」・・・2010/4/22(木)

image005-1.jpg12日image006.jpg16日image003-2.jpg12日・16日、20日のミツバくんの成長記録。ぐんぐんのびます○昨日は温かかったですね。それにしても寒暖の差が激し過ぎます。背中と首が不調です。野菜なども高値だそうです。が、うちの「ミツバ」くんは、気温の変化にもめげず、成長しています。

○最近は、学校の多忙化にともなって、都図研のさまざまな事業関係の研究日がバッティングする日が多くなっているようです。学校のさまざまな会議や行事をクリヤーしそれぞれの「部局」や「事業」など、やっと日にちを設定しても、その日はねらい目となって、研究会や会議が重なってしまうようです。
23日(金)は、「野々目展」の実行委員会がありますが「学校の歓送迎会」。27日(火)は、「城南大会実行委員会」と「都教委の認定研修・推進研究の説明会」。7日(金)は「都展運営委員会」と「都図研研究ゼミ」。11日(火)は、「本年度第1回目の都図研理事研究会」と「多摩ブロック」…と、なかなかむずかしいものです。体はひとつしかないのでしょうがないのですが、うまく連携し連絡を取りながら、おこなっていかないと滞りがでてしまうので気をつけたいと思います。役員や担当の先生方よろしくお願いします。

○「都図研研究ゼミ」の派遣依頼が届いたらしく、岡田先生より「アンケート」が集まってきていると連絡がありました。約50名の先生方のアンケートの中に、もしかしたら、これからの図工研究のキーワードが埋め込まれているかもしれません。

○さて今日は、ピアノシリーズ第2弾!Thelonious Monkのポキポキ骨の音のする『 Dinah 』(Solo Monk)を聞きながらのお別れです。

http://www.youtube.com/watch?v=sKAMNaGO5Y4

「塀がないとスカットする。」・・・2010/4/21(水)

image003-1.jpg「ブロック塀がなくなって視野が開けスカットしましたよ」○いつも通勤している、以前の日記で紹介した陸軍墓地のブロック塀が老朽化のため取り外されていました。スカッと視野が広がっていました。塀がないほうが、断然いいですね。開放感があります。昔は、緑の塀や開かれた学校という志向で、学校の敷地もこんな感じでしたが、現在は、セキュリティの問題が、持ち上がりすっかり、閉鎖系、管理系へと学校環境も移行してしまいました。
こうした変質は、どこか居心地が悪いのですが…思想家の東浩紀さんなどが述べているように、「規律訓練」は、それを受ける者の「内面化」というような作用がありますが(例えば、学校で行われていることは、規範を内面化していくことですね)現在は、こうしたまどろっこしい方法ではなく、コンピュータネッimage004-1.jpgトワークに支えられたもので、そのような内面化する場(学校、工場、病院、監獄など)を必要とせず「個人の行動を数字に置き換えて直接に制御する」と述べています。(『中央公論』中央公論社、2009、9月号)
こうした個々の人間が、直接管理されるような社会では、人々が、こころというものを、うかつに開くような心性を持ち続けるのは、ちょっと難しいような気がします。こころの変化や成長という時間をまたない社会(あるいは持たない社会)という感じがしますね。この辺りの社会の変化や人々のこころのありようの変化に対して、図工の存在意義があるように思えます。

○さて、今日は、横内先生の図工室にピアノ曲がながれていましたので…ピアノ好きの全国の皆さんんと、鬼才グレン・グールドのピアノ聞きながらのお別れです。

http://www.youtube.com/watch?v=RUyhxu4XGSM

「都図研研究ゼミ準備会」・・・2010/4/20(火)

image001.jpg「打ち合わせの後、分担して作業した。封書のあて名書きする本間先生。高橋、大畑先生は、「都図研研究ゼミ」テキストを作成するので、必死に校正しています。明日までに、印刷所に入稿しないと間に合わないので、高橋先生は、今晩、徹夜です!!よろしくお願いします」○昨日は、新宿の花園小学校で、今年度新設の「都図研研究ゼミ」の準備会をおこないました。これは、経験年数2年~10年未満の先生方の研究会で、基本的な指導力の改善を目的としたものです。
横内先生、本間先生、高橋香苗先生、南先生、辰野先生、岡田先生、大畑先生のスタッフが集まり、内容の確認や準備作業をしました。総勢で53名の応募が、各地区よりありました。30名定員で、オーバーとなったのですが、スタッフの賛同で、今年度は抽選なしの全員研修「可」に決定しました。(応募された方ご心配なく)
多忙の中、管理職の許可を得て、申し込まれた熱心な先生方をそう簡単にはきれませんね。1年間継続してそれぞれの課題をもって参加いただき、がんばって研究、研修し、何かを得ていただきたいと思います。
会議の最後に参加者の「派遣のお願い」と「アンケート」を封筒に詰め、帰り道、駅近くのポストに投かんしました。あっという間に夜8時過ぎになっていました。
image003.jpg「原稿を作成している横内先生。南、岡田、辰野先生は、地区がバラけるように分科会を作成しています」image005.jpg「封筒のノリづけは、得意です!何十年も昔から、同じことしてますね!(笑い)並べて、一挙にノリをつけて、一挙に貼り付けると早いのです。エッヘン!」

「熊本高工「造形教育センター」美術手帖、1965、7月号増刊より」・・・2010/4/19(月)

○暖かかったり、雪が降ってしまったり、奇妙な天気が続きます。昨日もまた、一日中ごろごろしてしまいました。寒いと体が急速に動かなくなります。蛇やトカゲみたいになってきました。それに引き換え【ののめProject通信】によると、鈴石先生は、韓国へ旅立ち、岩崎清先生は、ヨーロッパから帰国したようです。有福さんによると、どうやら日本国上空で、飛行機が交錯したらしいとのことです(笑い)。団塊のおっさんたちは、元気ですね。

○「こどもの城」の有福さんに、『美術手帖』(1965、増刊7月号、岩崎清さん編集)を見せていただいたことをきかっけに、古本屋でその本をぼくも入手しました。そこには戦後を代表する三つの「民間美術教育運動」が掲載されていました。当時のそれぞれの団体を代表する「滝本正男さん(創美)」「箕田源二郎(みたげんじろう)さん(新しい絵の会)」をこれまで紹介してきましたが、今日は、熊本高工さんの「造形教育センター」の文章を紹介します。
前二者が、「絵」を中心として、子どもの「表出(表現)」や「認識」の問題の声高らかに言及しているのに対して、「センター」は、「デザイン」(図案、工作)などの着目から、「機能」と「造形」の問題が浮かび上がらせています。運動としての統一的な見解はなく人々の「ニーズ」から生まれたと熊本さんからの文章で読み取れます。
1958年(S33)年には、「学習指導要領」が「法的な拘束力」をもち、やがて系統主義的な内容分類となっていきますが、そのなかで「デザイン」という領域は位置付けられていきます。
「センター」は、昭和30年(1955)に創立されています。「創美」は、1952年(昭和27)で、「新しい画(絵)の会」は、1952年(昭和27)―「絵」と改名は1959年(昭和34)―です。50年代の短い期間の間に、どどどっと運動が、展開しているんですね。
実は「都図研」は、1948年(昭和23)創立ですから、これらの三派より早いのでした。というか、「都図研」は、こうしたいろいろな流派の雑居集団だったのですね。(…今でもそうですが)都図研が、研究の独自性を発揮しはじめたのは、1980年の「ワークショップ」辺りからですね。吉田宏先生、野々目圭三先生(野々目先生は一歩引いていた?)、鈴石弘之先生、石井弘先生、山中月香先生、森内冨久志先生らが都図研を「現場主義」標榜し、主導しはじめました。

※熊本高工さんの文章はダウンロードして印刷できます。
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○さて今日は、若き佐野元春さんの 『WILD HEARTS 冒険者たち』を聞きながらのお別れです。

http://www.youtube.com/watch?v=LJLHJV6FZPs&feature=related

「ミツバ&箕田源二郎「新しい絵の会」美術手帖、1965、7月号増刊より」・・・2010/4/18(日)


image004.jpg「12日に紹介したミツバの芽があっという間に生えてきました。すごいですね。命って感じです」image003.jpg

○4月14日の日記では、滝本正男さんの「創造美育協会」の文章をアップしましたが、今日は、箕田源二郎さんの「新しい絵の会」を紹介します。
「創造美育運動(創美)」が、子どもの創造性や個性、解放などを尊重したのに対して、「新しい絵の会」は、社会的な認識を美術教育の主眼として活動しました。リアリズムの問題や発達段階に対応するような指導法の問題が生まれてきています。主要なメンバーに、井手則雄、多田信作、上野省策さんらがいます。現代のマニュアル化した「〜式」などと言われているような指導法、描画法への萌芽のようなものも感じますね
やがて、高度経済成長期を迎え、「造形教育センター」が生まれてきます。

※箕田源二郎さんの文章はダウンロードして印刷できます。
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○今日は、友部正人さんの曲『夜よ、明けるな』のカヴァーを聞きながらのお別れです。誰が唄っているんでしょね?

http://www.youtube.com/watch?v=MM9PedFcAB8&feature=related

「『美術手帖』5月号座談会&勝間和代さんのART観」・・・2010/4/17(土)

image002-3.jpg「60回目を迎えた「シリーズ:子どもと美術」を区切りに座談会をおこなった。現場の実践を取り上げていただくのはたいへんありがたいですね。こうしたメディアの回路を通じて、子どもや図工のよさが、伝わるとうれしいです。」○『美術手帖』5月号に座談会が掲載された。美術手帖では、「シリーズ子ども美術」を連載しており、60回を迎えた。既刊の『図工室にいこう』(美術出版社、2008)は、連載前半部をまとめたものだが、それ以降も、「美術手帖」では、現場の実践を連載してそれが60回を迎えたのを機に「座談会」をおこなったものだ。司会はぼく。コメンテーターは、横内克之先生、柴崎裕先生、平田耕介先生。実際の座談会は、3時間に及ぶものだったが、編集部のほうで、うまくまとめていただいた。現在の図工の現状や図工の意味、価値がそれぞれの先生方の実践や現場の様子から、端的にうかがい知れると思います。ぜひ、ご一読を。
また、今年も現場の実践レポートは続きます。そのうち、第二弾『図工室にいこう』が出れば、たいへんうれしいですね。期待したいところです!

○また、同じく美術手帖連載の「秋元康流アートのすすめ」(P130〜)では、ゲストにいま一番の売れっ子経済評論家「勝間和代」さんを招き、ともに鑑賞する記事が載っていたのであるが、勝間さんの意見は、よきART理解者としてではなく、むしろ正反対の立場の人で、今のARTや図工がどのようにみられているかについて、一般社会の風潮を代表するような意見を述べているので、たいへん興味深かった。意見を抜粋してみると…

■「どんな物事にも、リテラシーが必要だと思うんです。ある程度の基礎知識と文脈を読み解く力のことですね。アートに関しては、私はリテラシーをもっていない。だから何をどう見ればいいかわからないんです」

■「計算できないあいまいな感情や感性というものが、私はどうも信じきれないんですけどね」

■「感性が支配する空間というのは、私にとって不思議なものです」

■「私はフワフワした雰囲気のまま、きちんと言語化できない状態だと落ち着かなくて・・・」

■「・・・私がそこに読み取るべき『意味』を求めるからなんでしょう」

…とあった。それは、「物事を理解するには、リテラシー(識字能力)が必要で、それには、言語能力が必要であり、ARTという、感情や感性が支配するものは、曖昧で、意味が読み取れないので、信じるに足りない」というような立場を代表しているように聞こえるのであった。
これをたんに、ARTの体験不足や「視覚的(芸術的な)リテラシー」の欠如した状態ととらえることもできるが、むしろ、合理主義的な…数量化や言語化できるものこそが価値があるとするような現代社会の世界観、風潮を取得・体現する者は、社会的に「成功」するというようなメッセージを含んでいるように感じられた。
image004-4.jpg「『美術手帖』5月号。写真特集。図工現場も最近「写真」がはやってきていますね。」また、こうした風潮は実は、「新学習指導要領」で盛んに言われている「言語力の育成」というものとリンクしているようのも感じられてくるのであった。
どうもこうした風潮はぼくのようなおっさんには、居心地が悪く…それは、世界を「タグ化」して、売り買いしているだけのようにみえるからであった。つまり「タグ」(荷札)とは「貨幣」の別称でもあるから、「利益」だけが自己目的化してしまうような世界は、どうも「人間」にとってよくないと、感じているからなのであった。(…だからお金持ちになれないのだが…)
思想家の吉本隆明さんは、「言語」を「指示表出」と「自己表出」に分けて説明しているが、今の社会は、「指示表出」ばかりが幅を利かせる社会で、「自己表出」(=芸術)がおざなりにされた世界であるのだろう。
人が生まれたときに誰しも「オギャ〜〜」と世界を切り裂く「産声」を上げるが、この存在の言語は、いわゆる「カツマ—」(勝間さんのような考えや生きたかを信奉する人々をこう述べるらしい)には、どのように聞こえるのであろうか?

「都図研大畑研究局の船出」・・・2010/4/16(金)

image002-2.jpg「新しい研究局長と新しい先生が、参加してすこし緊張感のある初回の会議でしたね。新しい先生も、3カ月しんぼうすれば、なじんできますよ、と岡田先生。」○昨日は渋谷区の長谷戸小学校で、都図研大畑研究局の第1回目の会議があった。メンバーも入れ替わり、新たな先生が仲間になり船出となった。
都図研の研究局は、このメンバーたちによる継続的な研究であり、これまでの都図研の歴史やまた現在の図工の課題なども踏まえながら、さらに言えば、日本の図工教育を先導していくような役目も背負っいる。ぼくのようなおっさんが、こんなことを言うとなんだか「うざい」かもしれないが・・・要するに、図工を通して、目の前の子どもといかに向かいあい、そこに何かが生まれる、という営みに存分に浸ること、そして、そこでみつけた面白さを、メンバーみんなで、価値づけること、それが都図研の研究のよき伝統である。
image006.jpg「文科省、奥村高明先生の新刊本『子どもの絵の見方』(東洋館出版社)。研究会の合間に、岡田京子前局長が紹介していた。出版社HPはこちらです。http://www.toyokan.co.jp/ 」それは、何かマニュアルをたんに習得するというようなことではなく、図工を通してそこに、子どもとともに生きるという教師の「業」?に素直に向き合うことから出発するのでしょう。
担当副会長、平田先生。局長大畑先生。副局長、横道先生。副局長、雨宮先生。局員、山田先生、奥先生、平良先生、室先生、吉田先生、宮内先生、金子大介先生、黒澤先生、柴田先生、管谷先生、福山先生、杉山裕子先生、中島先生、川上先生、北村先生、金子祐佳先生、望月先生、武田先生、杉山聡先生、(岡田先生)の総勢24名で、仲よく、激しく、悩ましくがんばってください。

「東京都教育委員会訪問&【ののめProject通信】より」・・・2010/4/15(木)

image002.jpg「都庁は、高く高くそびえ立っています。ヒューマンスケールをはるかに超えています」○昨日は、午後から文京区の図工部会があり、会議をおこなった。文京区では、図工部長が、大道先生から森田先生へと移行した。大道先生2年間お疲れ様でした。さて、文京区の部会が終わると急いで都庁に出向き、東京都教育委員会指導室にご挨拶に行きました。伊東哲新指導課長、岩﨑統括指導主事、松永指導主事にお会いし、都図研の活動概要の説明やお願いなどをしてきました。都図研からは、本間理事長、玉置副会長、福岡副会長、加藤幸子副会長、田中副会長、平田副会長が参加しました。
図工や都図研が現場で研究や運営をしていくには、こうした活動が重要です。岩﨑先生、松永先生ありがとうございました。また、理事長、副会長の皆さんもお疲れさまでした。

image004-3.jpg○穴澤編集長から、「野々目展」(仮称)の実行委員に対して【ののめProject通信】が配信されてきます。
それによると、4月13日、鈴石先生、小林真佐子先生とで野々目先生に取材をしてきたようです。
「午後2時過ぎから、5時過ぎまで、じつに3時間以上にわたり、まったく休みなしでPCモニターを見て、指導作品の解説をしてい ただきました。」とあり、たいへんお元気そうです。
また、穴澤さんの感想では…

「改めて感じたのは、1枚1枚の絵を読み取る野々目 先生の視線の深さということです。「子どもの絵には子どもの内面が現れる」という、今日、当り前に思えることに、一般的な次元で気づいたのは戦後のことです。つまり、それは、創美が果たした大きな役割りでした。いくら、野々目先生が深い眼差しをもっておられたとしても、子どもたちがなんの束縛もなく自由に描ける環境がなかったら、読み取るに値する絵はなかった気がします。」

…と述べています。この「読み」に関しては、野々目先生の面目躍如たるところです。
この記事は、『美育文化』誌で特集されます。楽しみですね。

「ⒸHidetaka Anazawa 野々目先生インタビューの情景。鈴石先生と小林先生」

「桜道あんど「創造美育運動」滝本正男(美術手帖、1965年7月増刊号)」・・・2010/4/14(水)

image009.jpg「陸軍墓地の横の道です。学校の門まで桜道が続きます」○墓地の中を通って校門まで通学する不思議な学校です。「首都高速」がオリンピックでできたとき、場所を異動したそうです。四方が、墓地の聖なる学校というわけです。朝行くと、花弁がたまり、桜の花道が続いていました。

○さて、昨日の山木朝彦先生の論文で「創造美育運動」が出ていました。今日は、創美の事務局であった滝本正男さんの文章を『美術手帖』(1965年7月増刊号、P98〜100。以前述べたように、この本は、InSEA東京大会を機に、岩崎清さんが編集したものです)から転載し掲載します。この運動の概要が見られると思います。また、65年なので、文章から、活動が終息しつつあり岐路に立つ感じが出ています。

滝本さんの文章は、ダウンロ—ドして印刷できます。
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クリックで拡大します。

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「都図研の授業研究の歴史的位置―『日本の授業研究』上下巻、日本教育方法学会、学文社、2009年P91~P94」・・・2010/4/13(火)

image005-5.jpg○『日本の授業研究』(上下巻)をアマゾンで買って、「積読」(つんどく=積み重ねて置く状態。笑い)が続いてのですが、昨日、ぺらぺらとめくっていくうちに、「第4章民間教育運動における授業研究の第4節表現と教育(3)民間教育運動における美術の授業研究」(P91~P94)をみていると、山木朝彦先生(鳴門教育大学)の文章に出会いました。
山木先生は、造形美術教育の「授業研究」の特徴を…
①「精力的な研究推進の母体となったのが民間教育団体であった」
②「実践家および研究者の関心が、新たな題材(単元に相当)の教材開発に集約されてきたことである」
…と述べています。
また、他教科に比べ、文科省や日教組が組織する研究会の影響が少なかったことや教科書を中心とした教材の洗練化ではなく、題材開発に先導された、独自のスタンスをもちながら授業研究がおこなわれてきたとも述べています。
さらに「このように、授業研究に対する独自のスタンスをもちつつも、巨視的にみれば、創造美育協会、新し絵の会、造形教育センター、東京都図画工作研究会などの民間の美術教育団体は、それぞれ独自の授業方法を確立し、その成果を歴史に残している」と述べています。(この辺りは、都図研のような公教育の教科研究団体は、公的に直属して成立したというより、任意の団体として並行して成立したとぼくは思っていますが…)
以下、「⑤東京都図画工作研究会の授業研究」(P94)の都図研の紹介をスキャンして紹介します。(2行目の「協力」はたぶん「強力」の誤植です)
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「休日はころごろ…」・・・2010/4/12(月)

image002-5.jpg「切り取った野菜の根っこを水にさしておいたら芽が出ました!なんかうれしいですね」○日曜日もごろごろしていました。が、夕方近く、車いすの母親を連れてコーヒーを飲みに行きました。たいへん温かく、本来の春の陽気でした。メールでは、南先生と高橋先生の「都図研ゼミ」のテキスト論文が2本届きました。とてもすばらしい文章でした。新研究局長の大畑先生も、新しい研究局の立ち上げに向かって、構想を練っているようです。またHPの菅原さんは、背景色を変えました。色がかわると雰囲気がずいぶん変化します。このHPも徐々に更新中です。それから、仕事先から連絡をいただいた方もいます。皆さん、休日も仕事ですごいエネルギーの持ち主ですね……ぼくもなんとか体力を復活させないと、1年間持ちません。なにかいい運動方法はないですかねえ。課題です。

○「都図研ゼミ」の「締め切り」は、16日(金曜日)なのでもう少しです。

○今週は「区小研」「東京都教育委員会への訪問」「都図研研究局」などがあります。そろそろ動きだします。

○さて、今日は、全国のまた新たな一週間を迎えるみなさんと、「友部正人&BO GUMBO3」の『トンネル抜けて』を聞きながらのお別れです。
http://www.youtube.com/watch?v=JTS9GgBwcHs&feature=related

「自分で世界名づける感覚」・・・2010/4/11(日)

image003-5.jpg○土曜日は、家でごろごろしていました。「水木しげる」さんや「御柱祭」や「金子兜太」さんなどの番組をやっていました。TVは、たいへん面白くつくられていて、自動的に傍観者になってしまいます。少し自堕落な気分になりますが(笑い)、体を休めるのにはいいです。
トイレで新聞を読んでいると、下記のような詩人の記事(朝日新聞、2010,4,10)が目にとまりました…

「自分で世界名づける感覚 18歳の詩人、文月悠光さん」
18歳の詩人、文月悠光(ふづきゆみ)さんの第一詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)が注目されている。2月に中原中也賞、3月には丸山豊記念現代詩賞に決まり、受賞は逸したがH氏賞の候補にもなった。
札幌で暮らした14歳から17歳までの詩が24編。言葉で立つ決意が詩句にみなぎる。
〈私は果実。/まだ青いこの身をもてあまして/星図の中心に立つ。〉
〈産声を生む/ただそれだけのために/私は私を孕(はら)まなくてはならないのだ。〉
〈日常とロンドのはざまで、/ことばとなって喘(あえ)いでいたい。〉
〈されば、私は学校帰りに/月までとばなくてはならない。〉
高校生が日常生活をみずみずしい感性で……そんな凡庸な形容ではくくれない、真摯(しんし)な言葉がある。一人の少女、というより女性の成長が、あざやかな物語を織りなす。
詩にめざめたのは小学4年の時。「生活のなかで感じたことや疑問を詩にすると、自分の言葉で世界を名づけるような感覚がありました」
中学2年の時から「現代詩手帖(てちょう)」に投稿し、高校2年で現代詩手帖賞に。受賞の際のこんな言葉が印象的だ。
〈ことば以外に居場所が見つからない……投稿欄は、本当の意味での“学校”であり、投稿(“登校”)とは全力で呼吸し、書く行為でした〉
個人詩誌「月光」を出し、ブログのタイトルは「お月さまになりたい」。夜ごと、月に祈る。「幼い時から月の光に勇気づけられてきました。私の詩も月の光のように、読み手の心を照らせたら」
そんな少女が「おとこ」という怖い詩を書く。ニンジンを彼と呼んで包丁で切り、鍋で煮る間の心象を、エロスとユーモアをまじえてつづる。
〈ふつふつと熱を抱く鍋の音を聞き、/今度こそ微笑する。/私にマンマと食われてしまう、/ただそれだけのことが/快いなんて/彼もまた、おとこなのだ。〉
「詩を書いていると、私は女性なんだと強く感じる瞬間があります。女性としての身体性というのでしょうか、それを大切にしたい」
4月から東京の大学で学んでいる。「札幌を出るための儀式」という、写真家の杣田美野里(そまだみのり)さんとの詩・写真展「蕾(つぼみ)と花のあいだ」が30日まで、ジュンク堂書店札幌店で開かれている。
「間(あわい)の表現が好き。詩なのか小説なのかわからない、そんな間の作品も書きたい」
現代詩は、大きな才能を見いだした。(白石明彦)

image004-1.jpg「文月悠光(ふづきゆみ)さん」…と、こんな具合です。
詩に目覚めたのが小学校4年というのは、驚くべき早熟さですね。経歴などを読むと詩人を早くからこころざし、それに伴う活動も積極的におこなっています。また、「女性」性の表現も気になるところです。
今、アマゾンに発注したところなので、その「詩」に触れてみたいと思います。
それから、高校生時代は、「美術部」に所属していたらしく、ご本人のブログには下記のような美術をモチーフにした詩が掲載されていました。
http://www.geocities.jp/hudukiyumi/

「落下水」

透明なストローを通して美術室に響く
〝スー、スー〟という私の呼吸音。
語りかけても返事がないのなら
こうして息で呼びかけてみよう。
画用紙の上の赤い色水は、かすかに身を震わせ、
あらぬ方向へ走りはじめる。
やがて、私の息の緒に触れてしまったように
つ、と立ち止まるのだ。
小指の爪にも満たない水彩絵の具は、水に溶け込み、
赤い濃淡で夕暮れをパレットに描きだしている。
その一片を筆でさらい、画用紙に落としては、
まっさらな肌が色を受けつけるまで
しばし頬をゆるめた。
ストローを動かしながら
気ままな水脈に再び息を吹き込んでみる。
私の青いシャツに赤い色水が跳ねて、まるくなった。

(彩る意味を見いだせないこのからだ。
「お前に色なんて似合わない」
そう告げている教室のドアを〝わかってる〟と引き裂いて、焼けつくような紅を求めた。古いパレットを、確かめるように開いてみるけれど、何度見てもそこには私しかいない。それは、雨の中でひっそりと服を脱ぐ少年の藍)

色に奪われた私の息吹が
画用紙の上で生き返る。
水となって吹きのびていく。
この水脈のたどりつく先が
誰かの渇いた左胸であれば、
私もまた、取り戻せるものがある。
取り戻すための入り口が、まぶたの裏に見えてくる。
「水になりたい!」
風に紛れて、雲をめざし駆けのぼる私。
白い雲の頂で手をつき、密やかにしゃがみこんだ。
あるとき、筆にさらわれて
ぽっと街へ落とされたなら、
風で膨らむスカートのように
私は咲いてみせよう。

「多忙化が進んでいる!?あんど『日本美術教育研究論集43』」・・・2010/4/10(土)

○やっと一週間終わりましたね。異動や各校務分掌などの新年度の仕事、また、授業も始まるなど、なんだか、めまぐるしく動き出しました。しかし、先生方の忙しさみていると、本来の教師の仕事、すなわち「授業」などの教育的な営為から、ずれた事務的な部分の仕事がなし崩し的というか、雪だるま的というか…拡大しているように感じます。ここ数年、激しくなっているかもしれません。こうした学校における教師の仕事の在り方を総括的にみて教育的な営みへと向かうような体系性を検証し、組織化するには、どうしたらいいのでしょうか?

image005-3.jpg「同じようでいて、昨日とは異なる夕日」○寒かったり、晴れたり、なんだかはっきりしない天気が続きます。背中がぴりぴり震えます。なんだか「虫」が這っているような感覚です。
それでも夕暮れには昨日と同じような夕焼けが見えました。地球の向こうの方に住んでいる人たちは、これから「朝」がはじまるんですね。そう考えるとなんだか、不思議です。

○『日本美術教育研究論集43』が届きました。「(社)日本美術教育連合」が主催するH21年度の研究紀要です。「連合」は、「InSEA Japan」で、「InSEA」の日本における窓口です。一昨年は、世界大会を大阪で行いました。都図研も発表しましたね。
 ページをめくると文科省の奥村高明先生の研究論文が掲載されていて目を引きました。都図研でも、奥村先生に指導していただいていますが、いつも、その授業分析の卓抜さには驚かされます。
image006.jpg そんな奥村先生の分析方法は、「授業改善」のための方法論として「相互行為分析」を用いた方法であることが理解できます。子どもが授業の中でおこなう様々な現象的な行為を「視線」を基点として、意味づけていく過程は、たいへん明快かつ、新しい視点を提示しています。
 けれども一方で、こうした方法論が、客観性をもちうるかについて、ご本人も課題であると述べています。ここには、人文系の研究がもつ、アポリアがあります。逆に純然たる「科学」のような普遍性をもちえないところに、人文系のよさがあると最近は思います。が、ほうっておくと、個人の独断と憶測の世界へとすぐさま転化してしまいます。「価値」にかかわる見解は、実は、他者間の了解によって生じるので、必ずしも客観的である必要はありません。図工の研究は「客観性」とこうした「了解性」の間を行ったり来たりするものなのでしょう。

○さて今日は、友部正人&BO GUMBO3の『朝は詩人』を聞きながらお別れしましょう。

http://www.youtube.com/watch?v=hXm973ljfso&feature=related

「授業はじめ・都図研も動き始めつつある・江」・・・2010/4/9(金)

image002-1.jpg「図工室の窓から見えた久しぶりの夕焼け。きれいですね。朝7時に玄関をくぐってからから、あっという間にこの時間だ。」○昨日から、授業がはじまった。まったくいくつになっても、授業をするのは緊張しますね。5時間目までやって、保護者会となった。でも子どもたちは楽しんで帰ってくれてよかったなあ。都図研の皆さんもそろそろ授業はじめですね。みんな、どんな感じで授業してるんでしょうね?みてみたいですね。

○本間理事長より、各小学校の校長先生、副校長先生宛ての都図研の活動へのお願いの文章の草稿がFAXで送られてきた。たいへんていねいな「お願い」を都図研本部では毎年出しています。
現在、本間理事長は、5月の理事会に向けて都図研の活動の年間計画や組織をまとめており、奮戦中です。
 HPの方も、菅原先生が、徐々に平成22年度版にリニューアル中です。5月にはすっかり変身するでしょう。どんな風になるか、楽しみです。
image004.jpg「本多俊之さんの、To 本間さん江というサインが入っていますね。「江」というのは久しぶりにみました。」来週あたりから、都図研の各セクションも徐々に動き始めるようです。皆さん、今年度もよろしくお願いします。

○さて今日は、全国の図工の授業をはじめた先生方と名ギタリストでもある本間理事長がこの間、聞きにいってきたという、「本多俊之」さんの『GOING TO ZONE』を聞きながらのお別れです。

http://www.youtube.com/watch?v=GDmPZbpXJgc&feature=related

「認定研修団体による研修P68」・・・2010/4/8(木)

image001-5.jpg○東京都教職員研修センターの今年度の研修パンフレットが配布されました。都図研でも本年度より、「認定研修団体」としての研修会を開催いたします。
P68の「教育研究普及事業A(認定研修団体)による研修」の「7」に内容が記載されています。各学校の管理職の許可で、「命令研修」となり出張が出やすくなりますので、ご活用いただければと存じます。
申し込み方法は…

  • 本研修の詳細(実施日時、申し込み先、期限等)は、実施日の1カ月前を目途に研修センターホームページに掲載されます。
  • 申し込みについては、受講申込書様式(ホームページよりダウンロード可)を用い、所属校長の公印を受けたものを研修団体に直接送付してください。

となっています。実施時期1カ月前になったら、ご注意ください。
事業概要は、①「実技研修会」6月、②「授業研究」9月を予定しています。
お見逃しなく。ページをコピーして持っていると忘れなくていいかもしれません。

「入学式etc…あんどアート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨーク」・・・2010/4/7(水)

image001-3.jpg○桜、満開の中での入学式でした。新しい1年生を迎え、学校にも新しい息吹がはいりこみます。子どもの姿をみると、先生方も、緊張と意欲がわき上がったようです。

○鈴石弘之先生が、武蔵野美術大学の講師として、「福祉と美術」(たぶんこの講義だったと思います…)の講義をすることになったそうです。どんな授業でしょうね。きっと面白いと思います。受講してみたいですね。

○先日書いた北川民次の履歴で民治は「アート・スチューデンツ・リーグ」(リーグのHPはhttp://www.theartstudentsleague.org/)で学んだことがわかり、しかも、「国吉康夫」と学友であったのがわかった。ぼくは、「アート・スチューデンツ・リーグ」というその名前をジャクソン・ポロックなどの抽象表現主義やホップアートなどの、著名なアーティストの履歴の中でみかけていたのであるが、それは、美術大学ではなく、誰もが、美術を学べるような開かれた学校であるらしいのであった。

アート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨーク(The Art Students League of New York)は、ニューヨーク市の西57番街にある美術学校。単に、アート・スチューデンツ・リーグ、もしくは、リーグとも呼ばれる。
リーグは、アマチュアとプロのアーティストに幅広く受け入れられていることで歴史的に知られ、また、130年以上の間、全ての社会的階級からの学生に対応するために柔軟なスケジュールの上に手頃な価格のクラスを提供するという伝統を保持している。 アーティストがフルタイムで勉強したとしてもいかなる学年も学位もなく、そして、この型にはまらないスタイルがこの学校の特徴でもある。 19世紀から現在まで、リーグはその生徒と教師に多くの歴史的に重要なアーティストを数え、芸術界で多数の影響力のある芸術学校と芸術運動の一因となった。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AFより)

「いかなる学年も学位もない」とは、「学校歴社会」の日本では、なじまないが…アメリカのアートシーンにおいて、こうした美術の学校が大きな影響をもったということは興味深い。
一単位あたりの月の授業料が100ドル前後のようなので、日本の私営のスポーツジム程度の授業料で、学べるようである。「国吉康夫」のような移民も、安価であるために美術を学べた公算が大きい。
日本の私立の美術大学が、年間授業料が200万円かかり、たいした学歴にもならないし、出ても就職できないなら、むしろ、ヨーロッパやこのリーグのような学校に行った方が、よほどいい人生の経験になるのかもしれない……(と勝手な夢想ではあるが感じてしまう)

「北川民次の履歴」・・・2010/4/6(火)

image002.jpg「メキシコ・タコス野外美術学校で、北川民次の指導した作品。『馬上のサパタ』男子15歳。グワッシュ。すごくいい感じですね」○CCAAで、野々目先生の資料を整理していたら、「北川民次」の版画でてきたのだが、民次についてよくわからなかったので、調べると下記のような履歴であった。なんとつい最近(1989年)まで存命で95歳の大往生を遂げている。
図版は、民次がメキシコ指導した作品であるが、なんともプリミティブな表現のよさを感じる。1920〜30年代は、「メキシコ革命」の時期で「メキシコ壁画運動」が展開した時期であるが、民次もその時代メキシコに滞在し大きな影響を受けている。ヨーロッパの植民地主義に対するインディオの血脈を感じさせる土着的な表現は、当時のヨーロッパの前衛芸術家たちを驚かせたであろう。岡本太郎やイサム・ノグチなどもメキシコを訪れており、壁画運動には大きな影響を受けている。太郎の渋谷の大壁画は壁画運動そのものだし、太陽の塔もそうですね。
権威ではなく、人々に目が向く「まなざし」のなかでは、「子ども」が発見されるのも当然かもしれませんね。

北川民治略歴
・1894年 静岡県に生まれる。
・1910年 早稲田大学予科に入学。油絵を描き始める。
・1914年 早大中退。渡米。
・1917年 ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグでジョン・スローンに師事。学友に国吉康夫。
・1921年 アート・スチューデンツ・リーグ卒業。
・1923年 アメリカ南部諸州を放浪。キューバを経てメキシコへ。
・1924年 メキシコのサン・カルロス美術学校に通う。
・1925年 チェルブスコ僧院の前期野外美術学校のグループに入り、オルスコ、リベラ、シケイロスらと交
流を深める。トラルパムに開設の野外美術学校に勤務。
・1931年 タスコの野外美術学校校長となる。
・1933年 藤田嗣治の訪問を受ける。
・1936年 帰国。
・1937年 藤田嗣治の推薦を受けて第24回二科展に出品、会員となる。フランス美術偏重の日本画壇に衝撃
を与える。
・1943年 瀬戸市に疎開。
・1949年 名古屋動物園美術学校を開き、51年まで小学生に絵画指導を行う。
・1951年 名古屋市内に児童美術研究所を開設。
・1952年 中日文化賞受賞。
・1955年 メキシコ再訪。
・1959年 名古屋CBCビルに大理石モザイク壁画制作。
・1961年 本間美術館で藤田・北川展開催。
・1964年 現代日本美術展優秀賞受賞。
・1966年 飯田画廊、日動画廊(東京・名古屋)で個展開催。
・1968年 『哺育』で第6回現代日本美術展佳作賞受賞。
・1970年 銅版画の制作を始める。
・1973年 画業60年回顧展開催。
・1974年 飯田画廊で<バッタの哲学>展開催。
・1978年 東郷青児の死去に伴い、二科会会長に推されるも同年辞任。
・1979年 二科会脱会。
・1989年 愛知県で死去。享年95歳。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%CC%C0%EE%CC%B1%BC%A1より)

「岩崎清訳『フリーダ・カーロとディエゴ・リベラ』」・・・2010/4/5(月)

image002.jpg○都図研がいつもお世話になっている岩崎清先生が、翻訳をおこなった岩波書店の『フリーダ・カーロとディエゴ・リベラ (岩波アート・ライブラリー)』が出版されている。
フリーダ・カーロというと、メキシコの女性画家で、情念的で、シュールな作品を描いた画家です。病気、事故、不倫など、身体が不自由になったり、奔放な恋愛をおくったりなど、たいへんな人生が思い浮かびますが、履歴をみると…

コヨアカンの出身。ドイツ系ユダヤ人[1]移民でルーマニア・オラデア出身の写真技師の父・ヴィルヘルム(メキシコ移住後はスペイン語風のギジェルモに改名)とメキシコ先住民の血を引く母・マティルデ[2]の間に生まれた。6歳の時にポリオに罹患して右足が不自由になる。また二分脊椎症を患っていた[3]。更に1925年9月17日、乗っていたバスが路面電車と衝突し、肩の脱臼、肋骨・鎖骨・背骨・骨盤の骨折、右足の粉砕骨折など瀕死の重傷を負った。
入院中に絵を独学で学び、ディエゴ・リベラにその才能を認められ、1929年8月21日にリベラと結婚。しかしリベラとフリーダ双方の浮気(フリーダはバイセクシュアルであった[4])や、バス事故の後遺症に伴う流産などが重なって1939年に離婚するが翌年復縁し、以降は怪我の後遺症に苦しみながら創作活動を行う。ヨーロッパ的な感性にインスピレーションを得、知的かつ特徴的な独自のシュルレアリスムは、フランスのシュルレアリストに高く評価された。
メキシコで最も有名な画家の1人で、特にイサム・ノグチやレフ・トロツキーとの不倫など、その奔放な恋愛遍歴は、メキシコやラテンアメリカの女性の理想像の1つとされ、何度か映画化されている。メキシコ共産党員でもあり、居室にヨシフ・スターリンの肖像を掲げて暮らしていた。
1953年、右脚を切断した。
1954年7月13日、肺塞栓症で逝去。享年47歳。コヨアカンにある彼女の生家・通称「青の家」(La Casa Azul)は、現在「フリーダ・カーロ博物館」となっている。

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%ADより)

現在、岩崎先生はヨーロッパに仕事だそうだが、ぜひとも、フリーダ・カーロについてのレクチュアーなど、聞いてみたいと思いませんか?


アマゾンのアドレスは下記。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%81%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%99%E3%83%A9-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%95/dp/4000089935/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1270376100&sr=1-1

「野々目圭三先生の資料整理」・・・2010/4/4(日)

image009.jpg「穴澤さん、瀧田さん、加藤真さん、鈴石先生と5人で手分けして作業した」○昨日は、CCAAで、野々目圭三先生の指導作品の写真撮影と資料の整理・分類をした。300枚程度、撮影し、パソコンに整理番号、サイズ、題名、作者、学年、技法、時代などを記録したが、だいぶ残った。
また、鈴石先生が預かってきたその他の資料を整理した。「創造美育の宣言」や「池田満寿夫の自筆原稿」や「ガリ版で印刷した全国会員名簿」「映画の台本のようなもの」など、貴重な資料を目にすることができた。
image010.jpg「うをっ!北川民次の作品が出てきましたぞ!!」image012.jpg「一生懸命はたらくマコトちゃん。えらい!たいへんですが、生きた勉強になりますね」image011.jpg「いろいろな資料がありますね。まだ、野々目邸にはお宝が眠っているらしい」

「桜」・・・2010/4/3(土)

image002-2.jpg○昨日は、午前3時に目が覚めてしまい本年度新設の「都図研ゼミ」のテキストの原稿を11ページ編集し、メールで送付しました。なかなかいいテキストができそうなのでゼミの受講生は、こんないいものがもらえるなんてほんとお得ですね。
そんなこんなで、学校に出ましたが、東京地方は、たいへん風が強く、歩いていてもあおられてしまうくらいで、自転車が軒並みたおれていました。学校に着くと桜の花も揺れていましたが、まだ、八分咲きなので、花弁が、飛ばされませんでした。今日、明日あたり、温かくなれば、すごくいい感じの花見ができそうです。
でも、今日は、CCAAで「戦後美術教育を考える~野々目圭三~」展(仮称)の野々目先生の指導児童画の装丁の手伝いがあります。(作品を見たい人はお手伝いに来てくれたらうれしいなあ。10時からです)

「しだれ桜とソメイヨシノは色がちがって、色気(いろけ)も変わってきますね。八重桜は肉感的です。やはり淡白ですが爽やかなソメイヨシノが、王様かな?今年は、入学式に間に合いそうですね」

○さて、今日は、全国の桜を見ながら、失ったものに思いをはせている皆さんとケツメイシの『さくら』を聞きながらのお別れです。今週もがんばりました。

http://www.youtube.com/watch?v=vnieKxden8U

「異動&今後の都図研の運営」・・・2010/4/2(金)

○昨日は、H22年度の仕事始めでしたね。皆様もバタバタとした一日だったと思います。新しくいらした先生方との顔合わせ、公務分掌の打ち合せなど、あわただしかったのではないでしょうか。
ところで、「都図研」は、東京都の「図工」の研究会ですが、「音楽」にも「都小音研」(東京都小学校音楽教育研究会)というのがあります。今度、いらした森島徹校長先生は、今年度の都小音研の会長なのでした。青柳小学校は、図工と音楽の会長が在籍することになりました。同じ芸術教科ということで、お世話になりながら、活動していきたいと思います。

○異動ということでは、都図研がいつもたいへんお世話になっている岩﨑治彦副校長先生が、都庁に統括指導主事として戻られました。さらに、お忙しくなると思いますが、今後も都図研をご支援ください。また、都図研前副会長の庖刀由利子先生も、新宿区に、副校長として転出されました。4,5年先のこれからは、都図研の運営に関わった管理職の先生方が図工教育を担い、運営していく時代になっていきます。

○さて今日は、全国の異動して気疲れしている先生方と、山崎まさよしさんとチャーさんの掛け合いによる『セロリ』を聞きながらのお別れです。

http://www.youtube.com/watch?v=G0iEoigQZ14&feature=related

「本年度も活動を発信・発進します!アンド3/26(金)~3/31(水)のこと」・・・2010/4/1(木)

○さて、新年度がはじまりました。皆様、しばしの休日、お元気でしたか?また、新たな都図研の一年間がはじまります。よろしくお願いします。
この「ひつじ日記シリーズ」も4年目を迎えました。日々の図工の出来事を皆さんにお伝えできればと思います。
 それから、新しく都図研の会員になった先生もいらっしゃいますね。一緒に図工を盛りたてていければと思います。でも1年間はまず、職場に慣れてください。
また、東京だけでなく全国の先生方、図工に関心をもつ方々にも、子どもや図工の世界のことがお届けできればと思います。
 以下、本年度の都図研の各事業の担当役員です。今年度は、このスタッフで、がんばりたいと思います。よろしくお願いします。

<顧問> 

  • 鈴木義治校長先生、亀川豊先生(元会長)、梅田博之先生(元会長)、鷹野改三先生(元会長)、矢木武先生(元会長)、鈴石弘之先生(元会長)

<参与> 

  • 内野務先生、横内克之先生、時任勝先生、柴崎裕先生、高村弘志先生、濱方克彦先生、遠田毅先生、高橋香苗先生、南育子先生、鈴木陽子先生

<会長> 

  • 辻 政博

<理事長> 

  • 本間基史

<副会長> 

  • 玉置一仁、福岡貴彦、加藤幸子、平田耕介、田中明美

<事務局長> 

  • 鶴内秀一 <担当副会長>加藤幸子

<研究局長> 

  • 大畑祐之 <副局長> 横道広樹、雨宮玄 <担当副会長> 平田耕介

※新設「都図研研究ゼミ」<事務局>岡田京子(スタッフは、大畑祐之、横内克之、辰野美奈子、高橋香苗、南育子、本間基史、辻)

<研修局長>

  • 上野千恵子 <副局長>村井純平 <担当副会長>田中明美

※今年の研修局の事業は、都研修センターの「認定研修団体」の指定の事業となります。(予定)

<城南大会>

  • 実行委員長 鈴木陽子、会場校 上野千絵子 <担当副会長>加藤幸子、平田耕介

<南多摩大会>

  • 実行委員長 草野桂子、事務局長 樋渡弓美子(予定) <担当副会長>福岡貴彦、玉置一仁

<事業局>

  • 伊藤貴光 <都展本部運営委員>辻、本間基史、伊藤貴光、福岡貴彦

<広報局>

  • 麻佐知子 <担当副会長、H22都図研活動報告書>加藤幸子 <HP>菅原亮

<特別委員会>

  1. 「組織検討委員会」委員長菅野利之 <担当副会長>福岡貴彦
  2. 「特設研究会」委員長 柴崎裕(外部との連携研究事業に対応します)
  3. 新設「東京都教育委員会研究推進団体事業:都図研研究推進委員会」委員長玉置一仁(スタッフは、役員、参与、研究局、研修局、大会関係者より編成します)(予定)

<都図研資料センター>

  • CCAAに委嘱(鈴石弘之)

<上部団体>

  1. 「東京都造形教育協議会」事務局 高村弘志
  2. 「関東甲信越静地区造形教育連合」<担当副会長>福岡貴彦、玉置一仁
  3. 「全国小学校図画工作教育連盟」事務局 濱方克彦
  4. 「全国造形教育育連盟」事務局 時任勝

<各ブロック担当副会長>

  1. 城東ブロック <担当副会長>平田耕介、玉置一仁
  2. 城西ブロック <担当副会長>加藤幸子、平田耕介
  3. 城南ブロック <担当副会長>加藤幸子、平田耕介
  4. 城北ブロック <担当副会長>玉置一仁、田中明美
  5. 中央ブロック <担当副会長>平田耕介、田中明美
  6. 北多摩ブロック <担当副会長>福岡貴彦、加藤幸子
  7. 南多摩ブロック <担当副会長>福岡貴彦、玉置一仁
  8. 西多摩ブロック <担当副会長>福岡貴彦、田中明美

※ブロック長は後日決定。

※以下は、HP更新休業中の日記です。

○26日(金)

image002.jpg「MRIは、体を輪切りや立体の図像に解析していきます。すごい技術です。ちょっと前までは、レントゲンだけでしたが、医療の科学はすすんでいます。こうしたデータなしには、診察そのものが成立しません。その昔は、何もなかったんですから、どんな風に診察の判断をしていたのでしょうか?…しかし、40分の撮影は長いです」◆午前中は、MRIの検査にいきました。「胸椎」(きょうつい)ではなく「頸椎」(けいつい)の検査のための撮影です。背中、左手がしびれるための念のための検査です。なかなかもとの体には戻りませんね。

◆3時から青柳小学校で「都図研新旧役員会研究会」。H22年度の都図研の運営の骨格(全体の事業・予算計画、各局の事業計画、担当者など)をきめました。役員も入れ替わり、組織も新陳代謝していかないと、活性化しません。世代交代は、都図研の課題でもあります。
image005.png「新旧役員会の反省会。1年間お疲れ様でした。皆さんの表情にも安堵感が漂うつかの間の瞬間です。少し間をおいて、H22年度のいろいろな課題、事業にむかってがんばります。よろしくお願いします」

○27日(土)

◆今日は、リハビリがてら、散歩に出ました。南ときわ台~中板橋~大山~千川までたどり着いたが、途中からガス欠の車みたいになってしまいました。「体力復活」がぼくの課題です。

image007.jpg「27日NHKニュースより。懸命にプレゼンする学生。今の学生は、すごくしっかりした感じですね。少し落ち着き過ぎ…?」◆NHKのニュースで、美大生の就職活動のための展覧会『美ナビ展』(六本木、森アーツセンターギャラリー)のニュースをやっていました。こうした企画展ははじめてかもしれません。TVでは、美大生の就職率は、40%と言っていましたが、実際は、もっと低い気がします…正確な数値は、誰も調べていない?デザイン系がたいへんなら、ファイン系は、なおさらかもしれません。
学生時代は、世界を自分に構造化していればよかったのですが、現実の仕事は、それぞれ固有の文脈のなかにあるので、自分を世界に合わせて再構造化しなければなりません。J・ピアジェは「同化」と「調節」ということを述べていますが、就職にも同化と調節による均衡化の過程があるように思えます。

○28日(日)

◆休みだと午前3時に起きる習慣が戻ってきます。本をめくったり、ネットをみていたりするとあっという間に朝になります。都図研の役員さんでも早起きがいて、朝の4時過ぎに「ピンポン」とメールが入ってきます。「朝型」のひとが結構いるのですね。若い人は、「夜型」が多いみたいです。

○29日(月)

◆今日は「年休」で休みをとりました。母親が、心臓の「CT検査」のために車で、病院まで連れて行きました。我が家は「高齢化社会」をまっしぐらに進んでいます。
ところで、廊下で待っていると「身長計」があったので、測ってみると172.5㎝でした。本来は、174.5㎝なので、「2㎝」低くなっていました。背骨の骨折とさらに年のせいで、身長が低くなっているようです。さらにこの先、低くなっていくのでしょか?

image009.png◆東京国立近代美術館の一條さんから、3月27日(土)の「日本経済新聞」(朝刊)「美術鑑賞力/対話で磨く─学校と美術館、深まる連携」の掲載情報が回ってきました。メディアで美術教育のよさが取り上げられるのはいいことですね。「VTS」の解説なども載っていました。絵を「理解」しょうとするのではなく、それを見る者が、そこから「思考」することを促すものです。

○30日(火)

◆メールで、横内克之先生から今年度新設した「都図研研究ゼミ」のテキスト企画案が送られてきました。こうした積極的な提案がうれしいですね。まだ、「都図研研究ゼミ」は、30人の定員に達していないようなので、希望の方は、HPのTOPの申込用紙をダウンロードし、FAXで申し込みください。

○31日(水)

◆H21年度の最後の日です。ぼくも昨年は、異動だったので、大忙しでした。今年、異動される図工の先生はたいへんですね。何しろ図工の先生は「もの持ち」ですから(笑い)
学校でも、異動、退職の先生方がいます。一年間、お世話になりました。ありがとうございました。来年度からもご活躍ください。

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